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ダミアーノ・ミキエレット演出 『コジ・ファン・トゥッテ』 2 [オペラ]

ダミアーノ・ミキエレット演出 『コジ・ファン・トゥッテ』 のことをきのう書きました。
8日の公演に間に合うように、ちょっと急いで書きました。
もう少し書きたいことがあったので、「パート2」を書きます。


ミキエレットの深い読みのこと・・・


えっと、きのう・・・
6人の登場人物がいて、そのうち5人が若者たち・・・と書きました。
カップルが2組いますから、男子2人に女子2人、で、5人目が小間使い。
女子2人はフィオルディリージとドラベッラという姉妹で、
小間使いデスピーナはこの姉妹につかえています・・・とこれが原作の設定。

18世紀の話だから、小間使いっていうのか、召使いっていうのか、そういう人がいます。
たとえば、マリヴォーの芝居なんかでも、
主人がいて召使いがいるっていうのは、けっこう普通な人物構成なんです。
若い男と若い女の話だと、それぞれに若い男の召使いと若い女の召使いがひとりずつついている・・・

リュック・ボンディという演出家がマリヴォーの芝居を演出したときに、
若い俳優さんたちを使って、たいがいのものは“いまどき”のことに置き換わるけれども、
主人と召使いの関係だけは、現代にないので苦労する・・・みたいなことを言っていました。

『コジ・ファン・トゥッテ』を“いまどき“のキャンプ場に移して、やっぱり一筋縄でいかないのが、
主人と召使いという権力関係なわけなんですけど・・・

ミキエレットの演出だと、小間使いデスピーナはキャンプ場のバーの店員になってるんです。
緑のワンピースにエプロンという、微妙にファーストフードのウェイトレスチックな格好で出てくる。

デスピーナ登場の場面では、彼女はこんなふうに歌います・・・

召使いってなんてみじめなものなの。
朝から晩まで汗水たらして働いて、ぜんぶ人のため。
いまだって美味しいお菓子をつくっているけど、食べるのは私じゃない。
私はただ匂いだけ・・・ああ、一度でいいから食べてみたい・・・ええい、食べちゃえ・・・

お洒落なキャンプ場に遊びに来ている客と、
そのキャンプ場で自給800円で働いているウェイトレスとの間には、
やっぱり“いまどき“の主従関係が歴然とあるわけです。
現代のお金持ち(主人)は召使いを連れて歩くんじゃなくて、
行った先々で、召使いが彼ら/彼女らを待ち受けている・・・

デスピーナにファミレスのワンピースを着せたミキエレット/ファンティンのアイデア、
やっぱり、うーんとうなります。
ミキエレットのデスピーナは売り物のフレッシュジュースをコップに注いで美味しそうに飲みました。


あと・・・
デスピーナとアルフォンソの絡みがむちゃくちゃ面白い。

普通、“若くない”アルフォンソは、恋愛とかそういうものの外側にいて恋愛を冷ややかに見つめている、
みたいな描かれ方をします。ところが、
ミキエレットの演出だと、デスピーナとアルフォンソの関係があやうくて、見ててはらはらします。
この演出では、カップルは2組ではなく3組いるわけなんです。
3組目の関係は屈折していて、倒錯的ですらある。

アルフォンソがデスピーナに会いに来たときのデスピーナの台詞に、
あなたのような年寄りが私のような若い娘になんの用があるっていうのかしら?
というのがあります。

この台詞を文字通りストレートにとれば、
あなたのような年寄りにあたし興味ないんですけど・・・
みたいなことになるでしょうか・・・

しかし、芝居の台詞は常に真実を語っているわけでもなく、
また、その台詞の言葉が意味していることを意味しているとも限らないわけです。

アルフォンソは本当に年寄りなのでしょうか?
本当に年寄りだとしても、デスピーナはなぜわざわざそのことに言及してみせるのでしょうか?

ミキエレットの答えは、こうです。
デスピーナはまさに、アルフォンソと彼女との年齢差を指摘することにより、
アルフォンソを誘惑しようとしているのだ・・・

そう言われてみれば、
「あなたのような年寄りが私のような若い娘になんの用があるっていうのかしら?」は、
誘惑するための台詞以外ではあり得ないような気がしてきます。

年の差があるからってなに?
あたしの魅力に惹かれないわけじゃないんでしょう?
ねえ、あたしに言い寄って・・・ねえ、あたしを奪って・・・みたいな・・・


あっ、あと、最後にひとつだけ・・・

きのうの記事で、
ミキエレットの演出では、オペラの最後で、テクスト(台本)と芝居の劇的な“乖離”が生じる・・・
というような、思わせぶりなことを書いてしまいましたが、
これは、実際に見てもらえばわかるけど、みたいな意味でそう書いたんですよね。
でも、考えてみれば、みんなが実際に見るわけでもないので・・・

つまりですね・・・
台本的には2組のカップルはもとのさやに納まるんだけれども、
ミキエレットの演出では、言ってる(歌ってる)台詞とは裏腹に、
彼らは和解する気配を見せないんです。
“いまどき“の若者のリアリティみたいなことからいえば、そう簡単に和解するのもどうよ?
両方とも、“友達の恋人”と寝たわけなんだから・・・

じゃ、和解しないのかな?といえば、
台詞的にも、音楽的にも、やっぱり、これ、和解してるんじゃないの?みたいなこともあり・・・

でも、不思議に、宙ぶらりんな感じはしないんですよね。
むしろ、和解するのでもあり、和解しないのでもあり・・・その、どっちも、みたいな、
絶対無理なことが無理じゃなくなっている・・・そういう終わり方・・・それがすごく刺激的。


というわけで、
まだ11日にも公演がありますので、ぜひ見てください。








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